人が生きていくためには日々を重ねなければならない。
重ねた日々はやがて大きくなり決して変わらぬ不変の物となる。
それを歴史と人はいう…
Amazon.jp
カレンダー
10 | 2024/11 | 12 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | |||||
3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
カテゴリー
最新記事
(11/11)
(10/15)
(10/03)
(09/28)
(09/23)
最新トラックバック
プロフィール
HN:
メギド
年齢:
-625
性別:
男性
誕生日:
2650/07/25
職業:
某高専生
趣味:
航空機、人型兵器、天文、物理、古生物、人類史等
ブログ内検索
カウンター
アクセス解析
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
この頃、無駄知識の欄が全く増えてない、いや書いてないんだから当然ではあるが、書くネタがないわけではない。
ということで、書くか。
お題は史上初のアサルトライフル「ハーネルStG44突撃銃(Sturmgewehr44=StG44)」です。
まぁ、史上初とは銘打ってるけど、実際にアサルトライフルという概念に近いものはそれ以前にもあったし、
実際にアサルトライフルって始めて呼ばれているのはAK-47のようですな。
只、やはり実戦においての投入とその戦術的効用の証明という面から見たら、Stg-44が最初ですし、僕自身がドイツ製兵器が好きなので一応、史上初と銘打っている次第でございます。
じゃ、続きから
ということで、書くか。
お題は史上初のアサルトライフル「ハーネルStG44突撃銃(Sturmgewehr44=StG44)」です。
まぁ、史上初とは銘打ってるけど、実際にアサルトライフルという概念に近いものはそれ以前にもあったし、
実際にアサルトライフルって始めて呼ばれているのはAK-47のようですな。
只、やはり実戦においての投入とその戦術的効用の証明という面から見たら、Stg-44が最初ですし、僕自身がドイツ製兵器が好きなので一応、史上初と銘打っている次第でございます。
じゃ、続きから
武装諸性能
種類 突撃銃
製造国 ドイツ
設計・製造 ハーネル社
口径 7.92mm
銃身長 419mm
ライフリング
使用弾薬 7.92mm×33
装弾数 30発(弾倉式)
作動方式 ガスオペレーション
全長 940mm
重量 5.22kg
発射速度 毎分500-600発
銃口初速 685 m/s
有効射程 300 m
ハーネルStG44突撃銃(Sturmgewehr44=StG44)は第2次大戦下のナチス・ドイツで開発された歩兵用自動小銃である。
採用された7.92mm×33 “Kurzpatrone”(短銃弾)によって当時のライフル弾であった7.92mm×57弾よりも低反動かつ兵士1人あたりの携行弾薬数を増やす事が出来た。
それでいて300mと当時の歩兵が多用していたSMG(有効射程100m)より射程が長いという利点を持っていた。
武器としてのデザインと相俟って、SMGのような近接戦闘も、SMGより遠距離かつ高精度の射撃も可能となった。
これにより、MP40(SMG)の射程では不足な長距離でも、またKar98(ライフル)では近すぎる市街戦でも、同一武装で対応可能とし、歩兵に対してより改善された戦術上のレパートリーをもたらすことに成功した。
この、武器の登場は当時のソ連軍に大きな動揺を与え、後のソ連の傑作突撃銃AK-47を作り出す要因の1つとなる。
結果として第2次大戦にドイツは敗北したが、本銃は歩兵武装としての確固たる地位を築くことに成功し名称でもあるStg“Strumgewehr”(Sturm=「突撃」、Gewehr=「銃」)(英名アサルトライフル)はこうした武装の最もポピュラーな名称となっていった。
造られた経緯としてはまず、当時のドイツ軍の歩兵火力の乏しさが挙げられる。
大戦前からトカレフSVT-38及びトカレフSVT-40などの半自動小銃が相当数配備配備していた敵国ソ連と異なり、ドイツ歩兵分隊の主力火器は機関銃であった。
分隊の小銃兵は機関銃を擁護するもののとして位置づけられていた。
しかし、戦場では激しい機動戦が要求され、重量などにより機動性に劣る機関銃では援護は期待できず、広い戦場に少ない歩兵で、火力の不足は明らかであった。
このため、兵士達は移動中でもすばやく射撃できるSMGを頻繁に使い始めた。
しかし、SMGはピストル弾を使用している ため、射程が短く威力の不足が問題であった。
そのため、市街から離れて近郊地区に出ると、SMGは役に起たなくなり、再びライフルの使用に切り替えた。
こうした実戦での実情が自動小銃の要求に変わるまでさして時間は必要とせず、予ねてから開発していた、既存の7.92mm×57弾と同口径とすることで、生産設備が流用できるという利点を持つライフル弾とピストル弾の中間の威力を持つ弾薬である7.92mm×33 “Kurzpatrone”(短銃弾)を使用する自動小銃の開発案をハーネル社とワルサー社双方に出させた結果、ハーネル社が採用されマイナーチェンジや改良の末に、量産されMKb42(H)として1942年にデビューしました。
しかし、そのデビューは、決して華々しいものではなく、量産された途端にヒトラーにより開発中止となってしまいました。
けれども、前線の兵士からの反応は上々であり、前線の将軍からも「もっと銃を」とのことから1944年からフル生産が行われ名前も文字通り「1944年式Strumgewehr(突撃銃)」すなわちStG44と名付け替えられました。
しかし、哀れかな、大戦末期に量産が本腰入れられたStg44は前線にほとんど届くことなく終戦を迎えてしまい戦況を立て直すまでは行かない武器となってしまいました。
PR
この記事にコメントする